先日、ある大手メーカーで入社3年目から5年目の方々を対象にジョブクラフティングの研修を行いました。与えられた仕事を自分の手で少しずつつくり変え、仕事の意味ややりがいを自分で生み出していく考え方です。
「初めて知った」という危機感
研修後のアンケートを読んで、私は驚きました。ほとんどの人が「ジョブクラフティングという考え方を初めて知った」「やりがいは自分の捉え方で変えられると気づいた」と書いていたのです。研修の冒頭では「そもそも仕事のやりがいについて考えたことがない」と話す人もいました。前向きな感想が並ぶ一方で、私はむしろ大きな危機感を覚えました。
これを知らないまま働くと、やりがいは環境が決めるものになります。
どの部署に配属されるか、どんな上司の下につくか、どんな仕事を任されるか。
やりがいは自分の外側の要因で決まり、自分はそれを受け取るだけの立場にいる。そう思っていれば、やりがいを感じられないときの選択肢は我慢するか転職するかしかありません。
けれども、すべての環境がそろう職場などまずありません。しかもAIによって仕事も技術も変わり続ける時代です。今日やりがいを感じている仕事が、数年後も同じ形で残っている保証はどこにもない。
理想の環境を探し続ける社会人人生は、どこかで行き詰まってしまうのではないでしょうか。
名前のない力
ただ研修の中で、もう1つ気づいたことがあります。これまでの仕事やアルバイトで自分なりに工夫したことを書き出してもらったところ、手が止まった人は1人もいなかったのです。驚くほどの量を書く人もいました。
「日々苦労しないとやっていられないから、無意識に工夫しているところはある」と話してくれた人もいます。彼らはやりがいをつくる力を持っていなかったわけではありません。すでに使っていたのです。ただそれらに名前がなく、自分で意識することができなかった。
名前のないものは、意識して使うことも人に教えることもできません。たまたまうまくいった工夫として記憶の片隅に残るだけで、次に壁にぶつかったときに自分から取り出すことができない。職場で教えられていないのも、気づく機会がないのも、おそらくそのためです。上司もまた、誰かから教わってきたわけではないのだと思います。
厳しい言い方をすれば、今の多くの職場は人がやりがいを持てる構造になっていません。
仕事は指示として降りてきて、なぜそれが必要なのかは語られない。忙しさの中でこなすことが当たり前になり、立ち止まって意味を考える時間もない。
アンケートにも「忙しいと、やるべきことをこなすだけで精一杯になる」という声がありました。研修で私たちが行ったことは、新しい知識を教えたことよりも、彼らがすでにやっていたことに名前を渡したことだったのかもしれません。
精神論ではなく、スキルである
では、なぜこれが職場で扱われてこなかったのか。
私は、この話が精神論に見えるからだと思っています。
仕事を前向きにとらえ直そうと言えば、ポジティブシンキングのすすめや、嫌な仕事を受け入れさせるための話に聞こえてしまう。言う側も言われる側も、どこか居心地が悪いのです。
けれども、ジョブクラフティングの本質はそこにはありません。
仕事のやり方を工夫する、人とのかかわり方を変える、仕事の意味をとらえ直す。視野を広げて仕事を見つめ直し、自分なりの意味を見いだしていく。これは気持ちの持ちようではなく、練習によって身につき磨かれていくスキルです。
研修では、安全衛生の業務を担当している方が、法律で決まっているから管理するものだと思っていた仕事について「社会は安全があってこそ成り立つ」ととらえ直していました。無理に前向きになったのではありません。視野を広げたことで、もともとその仕事にあった意味が見えたのです。
先日、経済産業省の方の講演で、2040年に向けた産業人材政策の話を聞きました。産業が求めるスキルを体系的に整理して可視化し、スキルに応じた採用や処遇につなげていく。大切な取り組みですが、そこで語られるのは各産業や職種で求められる技術的なスキルです。仕事に意味をつくる力は、ふつうスキルとは呼ばれません。
けれども、技術はいずれ古くなります。どんな仕事を与えられてもそこに自分なりの意味をつくり出していける力は、仕事が変わっても会社が変わっても手元に残ります。私が採用の面接で見ているのもこの力です。今の仕事で意味をつくれる人は、どこへ行っても意味をつくれる人だからです。そしてそういう人こそ、環境のせいにして職場を離れることが少ないのだと思います。
職場がその力を育てる
スキルであるなら、職場で育てることができます。ただし組織が「やりがいは自分でつくれ」と押しつければ、それはただの自己責任論になってしまいます。意味をつくるのは本人です。けれども、その材料と余白を渡すのは、組織や上司の役割です。
アンケートには「なぜこの仕事が必要なのか、依頼するときに伝えてほしい」という声がありました。研修の冒頭でネガティブな発言をしていた人が、周りから強みを言葉にしてもらったあと「仕事の見方を変えてみようと思った」と話してくれた場面もありました。仕事の意味を伝えること。本人の工夫や強みを言葉にして返すこと。立ち止まって考える余白をつくること。どれも特別な施策ではなく、日々のかかわりの中でできることです。
人が、人を生きる。それは1人ひとりが自分の仕事に意味をつくる力を持ち、職場がその力に名前を与えて育てていくことから始まるのだと思います。










