昨今、現場の第一線で活躍するリーダーの多くが「部下の意向にどこまで応えるべきか」という葛藤を抱えています。かつての「上意下達」が当たり前だった時代から一変し、現代のマネジメントにおいて「個への寄り添い」は避けて通れないテーマとなりました。
しかし、寄り添いの本質を履き違えると、組織は「仲良しクラブ」となり、部下の成長機会を奪うことにもなりかねません。
今回のコラムでは、部下の意向に対する管理職の向き合い方、そして意向を伝える部下側が持つべき姿勢について、事例も交えながら考えていきます。
なぜ今、管理職に「寄り添い」が強く求められるのか
かつての日本型経営においては、個人の意向よりも組織の論理が優先されるのが一般的でした。しかし、現代において「部下の意向に寄り添うこと」が管理職の必須スキルとなった背景には、複数の構造的変化があります。
価値観の多様化と労働市場の変化
第一に、働く目的が「生存や生活」から「自己実現や社会貢献」へとシフトしたことが挙げられます。特に若い世代を中心に、仕事を通じて「自分は何を得たいのか」「どう成長したいのか」という個の価値観を重視する傾向が強まりました。また、労働力不足が深刻化する中で、個々の意向を無視したマネジメントは、最悪の場合は離職という形で組織にダメージを与えます。
心理的安全性の重要性と創造性の発揮
現代のビジネスは、マニュアル通りの作業ではなく、個々の創造性や自律的な判断が成果を左右します。部下が「自分の意見や状況を上司が理解してくれている」という安心感(心理的安全性)を持てなければ、新しいアイデアやリスクを取った挑戦は生まれません。寄り添うことは、単なる優しさではなく、生産性を高めるための「戦略的投資」となっているのです。
そもそも「意向」とは何か:種類と「わがまま」との境界線
マネジメントにおいて「意向」を適切に扱うためには、その中身を解像度高く分解し、それが「正当な意向」なのか「単なるわがまま」なのかを見極める必要があります。
部下が抱く「意向」の4つの種類
- キャリア・成長に関する意向:
本人の意向を聴き、現在の仕事や役割と結びつけること。また、意向があいまいな場合は仕事を通じて、興味関心を養うサポートといった寄り添いは組織の将来的な人材強化につながる可能性があります。 - 働き方・環境に関する意向:
「リモート中心にしたい」「残業を抑えたい」といった労働条件への希望。ライフステージの変化に応じた持続可能な働き方を維持するために不可欠な要素です。
意向に沿うことが難しい場合は理由を説明し、現状のルールや組織体制の中で妥協点を見出すことが重要です。 - 業務の進め方・裁量に関する意向:
「自分のやり方で進めたい」「このフローを変えたい」という戦術への提案。現場の効率化や部下の自律性を育むきっかけとなります。 - 心理的・情緒的な意向:
「評価してほしい」「苦手なメンバーとの調整をしてほしい」といった感情的なニーズ。
傾聴をする必要はあるものの、この意向を実現させようとすると、部下の感情に振り回され、マネジメント工数の増大につながる可能性があります。
「意向」と「わがまま」を分ける違い
管理職が最も苦慮するのは、この両者の判別です。境界線を明確に引くことができないという点が難しさですが、例えば下記の3つを基準にして検討することができるでしょう。
- ベクトルの向き:
「意向」は、その要望が通ることで組織の成果や個人の成長に繋がるものです。一方で「わがまま」は、自分だけの負担軽減や楽をすることが目的であり、ベクトルが自分だけに閉じています。 - 論理的な根拠:
「意向」には、「現状の課題を解決するためにこうしたい」という客観的な合理性が必要です。「なんとなく嫌だ」「やりたくない」という主観的な感情だけが根拠のものは「わがまま」と捉えられてしまいます。 - コミットメント:
要望が通った際にそれによって生じる責任や成果を、自らの意志で引き受ける覚悟を持つのであれば、それは「意向」と言えるでしょう。配慮を当然の権利と捉え、その後の責任を回避しようとするならば、それは「わがまま」になります。
管理職は部下の意向にどのように向き合うべきか
では、管理職は部下の意向(ときに「わがまま」も含まれることも)にどのように向き合っていくべきでしょうか?
私自身も、メンバーを育成する立場として部下の意向をどのように扱うべきか悩んだ経験があります。そのとき、先輩からもらったアドバイスが印象に残っており、研修でもお伝えすることがあるため、エピソードをご紹介したいと思います。
どのような状況、意向だったか
当時の状況や意向として伝えられたことを箇条書きで整理します。
- 意向を伝えてきたメンバーは新入社員
- 本配属前の育成期間であり、配属後にコンサルタントとして取り組む営業業務、研修プログラム開発業務のレクチャーや、体験が主な業務内容だった
- 意向として「今後の自分自身の成長を考えたときに、今は営業の仕事には取り組まず、開発の仕事に集中したい」といったことを伝えられた
- 営業、開発双方の観点で育成目標が設定されているため、私(育成責任者)としては営業の仕事に取り組んでもらえないと育成目標が達成できない
- 今後仕事をしていくうえで、営業、開発双方の理解をしていることが本人の成長やお客様への価値提供にもつながるといったことを本人に説明するも、納得してもらえなかった
先輩のアドバイス
自分なりにさまざまな角度から営業業務に取り組む意味を伝えたものの新入社員に納得してもらえず、途方に暮れた私は育成経験が豊富な先輩に「どのように話したら本人に納得してもらえそうか」を相談しました。
そのうえでどのようなアドバイスをいただいたかというと、それは「本人に納得してもらう方法」ではなく、「やるかやらないか、本人に決めさせたほうがいい」というアドバイスでした。
先輩は、「仕事に取り組む意味やメリットを伝えたうえで、それでも本人がやらないと言うなら本人に決めさせて責任を持たせることが大事」といったことを伝えてくれ、当時の私は目から鱗でした。
部下の意向に向き合うためのポイント
では、ご紹介した事例も踏まえて、管理職が部下の意向に向き合うためのポイントを考えてみたいと思います。
具体的に、「対業務」「対人」「対自己」の3つの観点で、メタ認知能力がなぜ重要なのか説明したいと思います。
いったん受け止める
ご紹介した事例において、私の正直な感情としては「育成期間に新人は必ず実施することになっている仕事をやらないという主張をしてくるなんて、理解できない」という思いもありました。
しかし、部下との信頼関係を築き、成長支援をしていく、また組織の目標に向けて動いてもらうために、自分の感情(理解できない)や判断(そのような意向は受け入れられない)はいったん脇に置き、部下の意向や感情を否定せずに受け止めることが重要です。
判断材料を整理する
前述の通り、いったん意向や感情を受け止めることは大切ですが、その意向をそのまま通すかどうかは別問題です。部下が率直に話してくれたことへの感謝や、意向・感情を尊重する姿勢は持ちつつも、本当にその意向を実現するべきなのか、客観的な視点で考える必要があります。
例えば、下記のような視点を踏まえる必要があります。
組織への貢献と整合性
部下の意向が叶うことが、チーム全体にプラスの影響を及ぼすかという視点です。
- 組織目標(KPI)の達成: その意向を実現することで、チームの成果が向上するか。あるいは、成果に悪影響を及ぼさないか。
- 戦略との整合性: 会社や部署が掲げている中長期的なビジョンや戦略に沿っているか。
- 公平性と納得感: 特定の部下の意向だけを汲んだ場合、他のメンバーに不公平感を与えないか。周囲が納得できる合理的な理由があるか。
- リソースの最適化: その意向を叶えるために必要な工数やコストは、得られる見返りと見合っているか。
個人の成長と自律性
その意向が、部下本人の将来にとって本当に成長につながるかという視点です。
- 能力開発(スキルアップ): その意向を通すことで、部下が新しいスキルを習得したり、既存の能力を深化させたりできるか。
- 自律性の促進: 「自分で決めた」という感覚が、主体的な行動や責任感の向上(コミットメント)に繋がるか。
- キャリアの一貫性: 本人の長期的なキャリア形成に寄与するか。単なる「目先の不満解消」になっていないか。
- 依存の排除: その配慮が、部下を「上司が何とかしてくれる」という甘えや依存に陥らせないか。
持続可能性と安全
部下が心身ともに健康で、長く活躍し続けられるかという視点です。
- ウェルビーイング: 介護、育児、健康状態など、個人の生活基盤を守るために不可欠な配慮か。意向を汲むことが部下本人にとって過度な負担とならないか。
- 心理的安全性: 「自分の意向を言っても大丈夫だ」という信頼関係が構築され、エンゲージメントが高まるか。
- 離職リスクの低減: その意向を通さない場合に、人材を失うリスクがどの程度あるか。
「納得させる」ではなく「本人に決めさせる」
管理職は、部下の意向が組織の期待・役割と食い違ったとき、つい「論理的に説得して、心から納得させよう」と躍起になってしまうことがあります。しかし、他人の心をコントロールすることは不可能です。
大切なのは、納得をゴールにするのではなく、判断材料を開示した上で、相手に選択させることです。上司として、なぜその業務が必要なのか、取り組むことでどのような未来が開けるのか(あるいは取り組まないことでどのようなリスクがあるのか)という情報を誠実に提示します。
人間は、他人から押し付けられた正論には反発したくなりますが、「自分で決めたこと」に対しては、一貫性を保とうとする強い力(コミットメント)が働きます。 もし部下が「やらない」と決めたのであれば、その結果として「育成目標が達成できない」「将来のキャリアの幅が狭まる」といった不利益を、自分自身の意思の結果として引き受ける覚悟を持たせることになります。逆に「やる」と決めたのであれば、それはもはや「やらされている仕事」ではなく「自ら選択した挑戦」へと昇華されるのです。
部下のコミットメントを問う
部下の意思決定を「言ったもの勝ち」で終わらせないために、管理職は「何をもって成果とするか」というコミットメントを明確に握る必要があります。本人の意向を尊重して環境を整えたのであれば、部下自身がその選択が正しかったことを証明する義務が生じます。
「自分のやりたい仕事に集中したい」という意向を汲むのであれば、「では、その仕事で具体的にどんな成果を出すのか?」「いつまでに、どのレベルまで到達するのか?」を部下自身の言葉で約束させます。また、進捗が芳しくないときや甘えが見えたときには、その事実を突きつけ、成果を問い続けなければなりません。
部下にとっては苦しい経験となるかもしれません。しかし、「自分の選択の結果を引き受ける」という経験も、自律したビジネスパーソンになるために必要なプロセスです。
部下側が意向を伝える際に持つべき視点
意向の実現は管理職だけの努力で成立するものではありません。意向を伝える側の部下にも、プロフェッショナルとしての振る舞いが求められます。
意向とコミットメントの交換
自分の意向を上司に汲んでもらうということは、上司と新たな約束をすることです。
例えば、「在宅勤務を増やしたい」という意向が通ったのであれば、部下には「オフィスにいる時以上にアウトプットの質を担保し、周囲に不安を与えない迅速なレスポンスを行う」というコミットメントが求められます。
意向を主張し、それを叶えてもらうからには、相応の成果を出すことや役割を果たすこと、もし成果等が期待に満たない場合はフィードバックや評価を受け止める覚悟が求められます。
「貢献」をセットにした提案
「~してほしい」という要望だけを伝えるのではなく、自分がビジネスパーソンとして何に貢献できるのかの提案が求められます。
NG: 「この仕事は苦手なので、外してください」
OK: 「私は〇〇の分野でより高い貢献ができます。現在のタスクを△△さんに引き継げるようマニュアル化する代わりに、〇〇のプロジェクトに注力させていただけないでしょうか?」
このように、チーム全体の最適化を考慮した提案であれば、管理職は「寄り添う」という判断を下しやすくなります。
日頃の信頼の積み重ね
日頃からやるべきことをやり、周囲を助け、成果を出している部下の意向は、上司も「なんとか叶えてあげたい」と思うものです。意向を伝える権利は、日々の行動で積み上げた「信頼の貯金」から引き出されるものです。自分の意向を主張する前に、自分が組織に対して十分な信頼を積み重ねてきているのかを自省する視点が大切です。
まとめ
なんでも意向に沿うことが「寄り添い」ではない
部下の全ての要望を聞き入れ、不快なものを取り除いてあげることが「成長支援」ではありません。
本当の成長支援とは、部下が掲げる高い目標(意向)に対して、「それならこれだけの責任を果たし、成果を出そう」と背中を押し、そのための障害を一緒に乗り越え、時には挫けそうな時に支えるプロセス全体を指します。
耳に痛いことを言うことも、時には「No」を突きつけることも、それが部下の将来のためであれば、立派な「寄り添い」なのです。
部下側も「意向」の重みを自覚する必要性
意向を伝える際には、その裏側にある責任を負う覚悟ができているか、自分自身に問い直す必要があります。
「自由にやりたい」と言うならば、それは「自分で自分を厳しく律する」という宣言です。「異動したい」と言うならば、それは「新しい環境で期待以上の成果を出す」という約束です。
意向と責任の等価交換
企業とは、共通の目的のために集まったプロフェッショナルの集合体です。 管理職は部下の可能性を信じて「選択肢」を提示し、部下はその選択に「責任」を持って応える。この「意向と責任の等価交換」が健全に行われるとき、個人の幸福と組織の成果が両立する強いチームが生まれるのではないでしょうか。
このコラムが、管理職の皆さんの迷いを晴らす指針となり、またチーム全体で「意向と責任」のあり方を見直すきっかけとなれば幸いです。
サービスのご紹介
・ゆるい職場ではなく、高い目標基準を持つ「学習する職場」を実現するためのマネジメント変革プログラムはこちら
LEARN & GROW(心理的安全性とフィードバック)
https://shake.co.jp/service/organization/#learn-grow
・意向を反映するではなく、メンバーの本人のキャリア自律の意識・行動特性を高めるためのキャリア自律の考え方はこちら
https://shake.co.jp/seminar/73594/










