なぜ管理職は消耗し、「やりがい」を失うのか
ある調査(※)では日本の管理職層の51%が「燃え尽き(バーンアウト)」を経験したことがあり、その原因には「仕事量が多い」に次ぎ、「努力が評価されていない」ことが上位に挙がっています。背景に、「達成感や感謝を感じにくい」「やるべきことに力を割けない」という「働きづらさ」を感じている可能性があるのではないでしょうか?
※株式会社東邦メディアプランニング 2025年10月調べ
中間管理職は自身のプレイヤーとしての業務に加え、メンバーの育成、メンタルやキャリアの支援、労務管理や仕事量の調整など、多くの仕事を抱え、その役割は多岐にわたります。そうした多忙な日々の中で、部下の「イキイキ」を支えるはずの管理職自身が、最も消耗しているという皮肉な現実が多くの組織で見られます。
この消耗の背景に、責任を果たすために感情をコントロールし、相手に合わせて適切な感情を表現する労働、すなわち「感情労働(Emotional Labor)」があるのではないかと思います。部下の不安に共感し、上層部の意図を汲み取りながらも現場の反発を抑え、公平で理性のある「理想の管理職」を演じ続けることで、管理職自身は協働の喜びや成長の実感、マネジメントの面白さを味わう余裕を失っていきます。結果として、「単なる調整役」としての自己認識が強まり、「報われなさ」と「やりがい喪失」に繋がるのです。
本コラムでは、この管理職の「働きづらさ」を生む構造を分析し、管理職が再び「真のリーダー」としてやりがいを再構築するための具体的な「仕組み」と「視点」を提示します。
管理職の「働きづらさ」を生む感情労働
葛藤を生む板挟み構造
現在の管理職はメンバーの意見・意向やその人らしさを最大限に尊重することが求められます。「その人らしさやメンバーの意向を尊重する」ことはマネジメントにおいて非常に大切なことですが、一方で、目標達成の責任を負う管理職の指導や介入を制限するという側面も持ちます。
「部下に任せたいが、失敗(目標未達成)は許されない」
「指導したいが、周囲からマイクロマネジメントと批判されたくない」
メンバー側の価値観も多様化し、「仕事のプロセスを丁寧に説明し、併走してほしい」人もいれば、「任せたのならあまり口出しをしないでほしい」人もいます。個別・個性に合わせた育成が推奨される中で、メンバーの意向を正確に把握し、1人ひとりに合わせた育成をしないと管理職失格の烙印を押される恐怖感もあると思われます。
このような葛藤・不安の中で、管理職は常に「最適なマネジメント」を探り続け、自身の感情や本音を抑制することが求められます。これらは管理職に心理的ストレスを与え、「管理職自身の自分らしさ」を希薄化させていくと考えます。
ハラスメントへの意識と恐れ
多様な価値観のメンバーが存在し、またその関係性がフラット化している影響で、管理職がその権威で人を動かす時代は終わりを迎えつつあります。フィードバックや指導の際も、メンバー個人の成長度合い、成長意向に合わせて、細心の注意を払う必要があります。
特に、厳しい指摘やネガティブなフィードバックを行う際、感情的になることを避け、ハラスメントと受け取られないようなコミュニケーションをとる必要があります。
相手の申告によって成立しうる
ハラスメントのリスクに向き合う管理職は「下手をするとハラスメントになりかねない」という恐れをもち、「この状況では本音で話すのは難しい」というあきらめを持っています。結果として「無難なマネジメント・かかわり」となり、メンバーとの関係性の希薄化につながっています。
達成感のなさと終わりの見えなさ
不確実性の高い時代において、目標設定と進捗管理によるマネジメントは限界を迎えつつあります。それは不要になるという意味ではなく、従来の目標管理に加えて、チームの創造性や主体性を高めるための心理的安全性(組織文化の醸成)、人材の流出を防ぐためのエンゲージメント維持、キャリア開発支援など、管理職が意識すべきマネジメントは多岐にわたるものでしょう。
これらは組織にとって重要なテーマではありますが、定量的な評価をしづらいものでもあります。チームの業績、といった定量的な指標ではないテーマを求める中で、尽力はするものの、成果の見えなさ、手ごたえのなさ、何より達成すべき指標がないことが、管理職のモチベーションを損なう要因になりえます。
失われた「やりがい」を再定義する3つの視点
管理職が「調整役」から脱却し、真の「リーダー」としてやりがいや働きがいを再構築するためには、組織と個人双方の意識転換が必要です。
管理職の役割認識:チームの「OS」を作る意義の再定義
プレイヤー時代のやりがいは「自分のスキルで成果を出すこと」でした。管理職になった際は、その役割を「様々な強みを持ったメンバーの能力を活かし、チームの成果を創出することと自らの働きかけによって、ポジティブでチャレンジのできるチーム文化を創造すること」へと転換する必要があります。成果が目に見えにくい点は変わりませんが、それらの努力が組織への本質的な貢献であり、組織の土台を作っていくことへの周囲の理解も必要でしょう。
そのためにも管理職の役割に対する、周囲からの評価、フィードバックが重要となるでしょう。
管理職は、仕事の進捗管理や1on1を中心とする個別の育成に注力しすぎるのではなく、会議や組織内の対話の質、心理的安全性、メンバー同士の相互成長支援(フィードバックの頻度など)といった「組織文化醸成」をデザインする立場にいます。自分の感情労働が、メンバー個人の育成を超えて「チームのOS」を創っているという、より大きな影響力を自覚させることで、やりがいを再定義します。
「自分らしさやWILL」を起点にした貢献領域と権限委譲
実際に管理職は、感情労働だけでなく、「調整業務」や「労務やスケジュールなどの管理業務」にも多くの時間を割いています。こうした業務の中で「自分らしさ」を抑圧し、本来仕事を通じて成し遂げたかったこと(WILL)を見失ってしまう様子がうかがえます。
最新のリーダーシップ理論では「個人の強み発揮をベースにしたリーダーシップのほうがパフォーマンスが高い」と言われていますが、管理職自身が「自分らしさ」や「自分らしいリーダーシップ」を発揮する場面は極めて少ないと言えるでしょう。
調整や管理業務は一定の管理職にとっては「誰でもできる仕事」ですが、管理職手前層のメンバーにとっては「成長できる新しい仕事や役割」である可能性があります。そうした仕事を権限委譲しメンバーに任せることで、管理職自身のチャレンジや自分らしさ発揮を促すことも可能です。
管理職自身も「自己実現する存在」「仕事の中で自分らしさを発揮する存在」として、WILLをベースに新たな役割や領域を考える機会を作ることも重要です。
新しいマネジメント知識のインプットを!
管理職の最も大切な役割を変更していく中で、インプットすべき内容も変わってくると思われます。これまでの管理職は目標設定や進捗管理を通したチームの成果創出、いわゆるMBO観点での育成などを学んできています。それらは非常に大切なスキルであり、マネジメントの根幹をなすものではありますが、新たな役割を果たすために必要なマネジメント知識を新たに習得する必要があります。
より組織の大きなダイナミクスを体感するために、例えば、
●心理的安全性を高めるための対話スキル
●状況に応じたメンバーのリーダーシップ発揮(シェアド・リーダーシップなど)
●昨今の新入社員・若手社員の世代傾向を踏まえたフィードバックスキル
などを学ぶことは、管理職の役割を変える意味でも非常に重要と言えるでしょう。
やりがいを生む「マネジメントの仕組み化」
管理職がやりがいや働きがいを感じ、「調整役」から「真のリーダー」へと転換するためには、人事部やHRの方々には以下のような仕組みをご提案したいと思います。
学習機会の提供と孤立の解消
管理職が最も苦しいのは、「孤立」です。部下に弱みを見せられず、評価などが気になるため上司にも本音は話せません。「愚痴」を発するのが嫌で、同じ立場の管理職同士の飲み会などでも本音が言えない、という方も少なくありません。
建設的な場でありつつ、本音を言えるような場の創出が必要かもしれません。例えば、オンラインでの「ピア・コーチング」や「相互コーチング」の仕組みを組織的に構築している企業があります。また、夕方の遅い時間(17-19時など)に集まり、管理職同士の学習コミュニティを開いている企業もあります。
何か新たなことを学ぶ場、というよりは、日ごろの悩みや成功・失敗体験を共有し合うことで、「自分だけではない」という安心感が生まれ、被害者意識から解放されます。
「管理職の見えない貢献」に目を向ける
評価制度を抜本的に変えろ、という話ではありません。人事制度や評価制度の見直しは大変難しいことだと思います。しかし、よい貢献を称賛していく、評価していく空気は作れるのではないかと思います。
例えばエンゲージメントサーベイを取得している企業であれば、「サーベイの数値が悪い組織を取り上げるのではなく、改善が見られる組織を取り上げて、その取り組みを紹介していく」など、良い面を見て称賛していくことは可能だと思います。
また、上司層である部長や経営が管理職に対して、もちろん「成果」を求めつつも、同様に組織文化の醸成や管理職らしさを発揮している行動や取り組みに対して、ポジティブな声がけが重要です。評価面談の一部の時間でそうした面の振り返りをしてもよいと思います。
管理職の「達成感のなさと終わりの見えなさ」という不安・不満に対して、何かしらの承認やポジティブフィードバックがあり、他者から承認されている、他者や組織への貢献につながっているという認知をお渡ししていくことも大切だと感じます。
シェアド・リーダーシップによる負荷軽減
最後に組織の在り方についても考えていきたいと思います。
シェアド・リーダーシップというのは、いわばリーダーシップの分散の話であり、この考え方には管理職の負荷を組織構造として解決するヒントを秘めています。
明確に分ける必要はありませんが、管理職の役割を「リーダーシップ(ビジョン提示、文化創造)」と「マネジメント(管理、チーム運営)」に分け、主に管理機能の一部をチームメンバーに委譲するところから始めてはいかがでしょうか?
もちろん、メンバーの強みや意向に寄り添う必要があります。リーダーシップを分散していく考え方なので、管理職が渡したい仕事や役割だけ、渡すことは難しいかもしれません。
それでも、管理職が積極的に権限を委譲し、負荷をみんなで分担していく考えに変えていくことが必要だと思います。
まとめ
管理職の「働きづらさ」や「やりがい喪失」は、個人のメンタルや資質の問題ではなく、現代の社会状況と管理職が置かれている状況から生まれる構造的な課題と言えるでしょう。
管理職が自信を持って、イキイキと活躍できるとき、そのポジティブな影響は必ずメンバーへ伝播し、組織全体の持続的な成長へと繋がります。
貴社の管理職がやりがいを再構築し、真のリーダーとして活躍できる仕組み作りを、今こそ始めるべきではないでしょうか。










